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「ひびやー!話し合い終わった?」
退室した東急東横と入れ違うように、半蔵門が扉からひょっこりと顔を覗かせる。
「終わったけど‥‥どうしてお前がここにいるんだ?」
なんの前触れも無く出現した彼に、疑問とともに呆れと不審を織り交ぜた視線を投げかける。
ここは中目黒。
接続相手である伊勢崎 スカイツリー線という名称はまだ慣れない ならともかく。彼の路線上は掠りもしないはずの場所のはずだ。
「日比谷待ってた!ほら、寂しくなるんじゃないかなーと思ってさ」
「‥‥寂しい?」
わけがわからないと首を傾げる日比谷に、半蔵門は胸を張る。
「だって、来年東急と直通関係打ち切られんだろ?今日はその話しなんだって聞いたぞ!」
「あぁ、そのことか」
まさに先程東急東横と交わしていた話題なのだと日比谷は察する。
全く、東急東横といいこいつといい‥‥気の早いことだ。
確かに打ち切りは決定したが、まだ彼の路線まで運行は来年まで続くというのに。
「‥‥別に。だって仕方ないじゃないか。副都心が横浜まで延びるのは元々計画があったわけだし」
「えー?でもさ、納得すんのと寂しいと思うのはまた別の話じゃね?俺だって、もし伊勢崎ちゃんや東急と打ち切るって話になったら、仕方ねーかもしれないけどきっと寂しいと思うなー」
そういうものだろうか。
妙に説得力がある。珍しく、彼の言い分ももっともだと納得しかけた。
「だからさ、寂しくなったら俺がどーんと胸貸してやっから遠慮なくいっていいぞ!そんでもってお礼はちゅー1回な!」
前言撤回。
ウェルカムと両腕を広げる半蔵門に、日比谷は肩を落としてため息をつく。
「‥‥ひょっとして、それ誰かの入れ知恵?」
「あ、バレた?銀座がいってた!」
半目で薄く睨むと、半蔵門は悪びれもせずにあっさりと白状した。
『どんな事情であっても、関係を切ると言うのは意外と心にくるものだよ。何しろ、今までしていたものがなくなるということだからね。しかも、失ったものをそのまま継ぐ相手が近くにいる。あの子は頭がいいし達観しているから理解も納得もするだろうけれど、ふと・・・そうだね、虚無感とでも言うのかな、胸の中がほんの少しだけぽっかりと空くような感覚が生まれる時があるんじゃないかな。だから、そういう時には支えになってあげないとね』
おおよその概要を聞き、さすがは最年長と言ったところかと日比谷は感心する。銀座は厳しいけれど、冷徹ではなく肝心なときに気配りを見せるということをつくづく思い知った。
「とにかく、今はまだ当分相互乗り入れは続くし僕は別に寂しくないから。厚意は受け取っとくけど、腕も胸も間に合ってる。‥‥ほら、まだ業務中だろ?さっさと自分の路線に戻りなよ」
ただ、半蔵門の前で言うことはないんじゃないかと日比谷は思う。お断りという意思表示もかねてひらひらと手を振り、彼を追い返そうとする。
「えー?‥‥しょーがねーなー。日比谷は素直じゃないからなー」
だが、半蔵門はそんな対応でめげるような精神を性分から持ち合わせていない。
前払いでもらっとくか、と呟いて。追い払おうと振る手を器用に避けながら日比谷の前へと回り込む。
ひょいっと身を屈め 顔を近づけて、その唇に軽く掠めるキスを交わした。
「まいど。これでいつでも胸を借りにきていいぜ!」
あまりにも 躊躇いも遠慮もない流動に、日比谷は意表を突かれて言葉を失う。
我に返ったのは数分後。日比谷は心の中で吹き荒れる形容しがたい気持ちに胸焼けのような不快感を覚える。
この感情は苛立ち、怒り、不機嫌 多分、そういう類のものだと日比谷は自覚する。
ただ、一つの単語で済ませられるほど、簡単なものじゃないのだと。
そもそも、約定を交わした覚えもないのに、無理矢理交換条件を履行されて気分が悪くなるのも当然だった。
だが、当の本人は日比谷のそんな胸中などお構いなし。してやったり、といわんばかりのにかっとした笑顔が尚更憎たらしい。
「‥‥頼まないよ。お前のことだから、どうせ忘れちゃうだろうし」
だけど、それをいったところで相手が全く堪えないことも日比谷は理解していた。
だから キスのされ損は非常に不愉快だけど、犬に噛まれたようなものだと思うことにする。
大きく息を吐き、胸の中で激しく渦を巻くもやもやとした不快感を無理やり押し留める。
『頭を殴ったらましになるだろうか、それとももっとダメになるだろうか』
そんな葛藤もあったからか。一発くらい殴ってもばちは当たらないだろうが、拳を振り上げなかったのは奇跡だった。
「日比谷との約束なら忘れねーよ!でももしそーなったら、そん時はまたしてくれればいんじゃね?」
『誰か、本当になんとかしてくれないかな‥‥こいつ』
減るもんじゃないし!と能天気に断言する青年を目の当たりにして、日比谷は鈍痛を訴える頭を抱えたくなった。
退室した東急東横と入れ違うように、半蔵門が扉からひょっこりと顔を覗かせる。
「終わったけど‥‥どうしてお前がここにいるんだ?」
なんの前触れも無く出現した彼に、疑問とともに呆れと不審を織り交ぜた視線を投げかける。
ここは中目黒。
接続相手である伊勢崎 スカイツリー線という名称はまだ慣れない ならともかく。彼の路線上は掠りもしないはずの場所のはずだ。
「日比谷待ってた!ほら、寂しくなるんじゃないかなーと思ってさ」
「‥‥寂しい?」
わけがわからないと首を傾げる日比谷に、半蔵門は胸を張る。
「だって、来年東急と直通関係打ち切られんだろ?今日はその話しなんだって聞いたぞ!」
「あぁ、そのことか」
まさに先程東急東横と交わしていた話題なのだと日比谷は察する。
全く、東急東横といいこいつといい‥‥気の早いことだ。
確かに打ち切りは決定したが、まだ彼の路線まで運行は来年まで続くというのに。
「‥‥別に。だって仕方ないじゃないか。副都心が横浜まで延びるのは元々計画があったわけだし」
「えー?でもさ、納得すんのと寂しいと思うのはまた別の話じゃね?俺だって、もし伊勢崎ちゃんや東急と打ち切るって話になったら、仕方ねーかもしれないけどきっと寂しいと思うなー」
そういうものだろうか。
妙に説得力がある。珍しく、彼の言い分ももっともだと納得しかけた。
「だからさ、寂しくなったら俺がどーんと胸貸してやっから遠慮なくいっていいぞ!そんでもってお礼はちゅー1回な!」
前言撤回。
ウェルカムと両腕を広げる半蔵門に、日比谷は肩を落としてため息をつく。
「‥‥ひょっとして、それ誰かの入れ知恵?」
「あ、バレた?銀座がいってた!」
半目で薄く睨むと、半蔵門は悪びれもせずにあっさりと白状した。
『どんな事情であっても、関係を切ると言うのは意外と心にくるものだよ。何しろ、今までしていたものがなくなるということだからね。しかも、失ったものをそのまま継ぐ相手が近くにいる。あの子は頭がいいし達観しているから理解も納得もするだろうけれど、ふと・・・そうだね、虚無感とでも言うのかな、胸の中がほんの少しだけぽっかりと空くような感覚が生まれる時があるんじゃないかな。だから、そういう時には支えになってあげないとね』
おおよその概要を聞き、さすがは最年長と言ったところかと日比谷は感心する。銀座は厳しいけれど、冷徹ではなく肝心なときに気配りを見せるということをつくづく思い知った。
「とにかく、今はまだ当分相互乗り入れは続くし僕は別に寂しくないから。厚意は受け取っとくけど、腕も胸も間に合ってる。‥‥ほら、まだ業務中だろ?さっさと自分の路線に戻りなよ」
ただ、半蔵門の前で言うことはないんじゃないかと日比谷は思う。お断りという意思表示もかねてひらひらと手を振り、彼を追い返そうとする。
「えー?‥‥しょーがねーなー。日比谷は素直じゃないからなー」
だが、半蔵門はそんな対応でめげるような精神を性分から持ち合わせていない。
前払いでもらっとくか、と呟いて。追い払おうと振る手を器用に避けながら日比谷の前へと回り込む。
ひょいっと身を屈め 顔を近づけて、その唇に軽く掠めるキスを交わした。
「まいど。これでいつでも胸を借りにきていいぜ!」
あまりにも 躊躇いも遠慮もない流動に、日比谷は意表を突かれて言葉を失う。
我に返ったのは数分後。日比谷は心の中で吹き荒れる形容しがたい気持ちに胸焼けのような不快感を覚える。
この感情は苛立ち、怒り、不機嫌 多分、そういう類のものだと日比谷は自覚する。
ただ、一つの単語で済ませられるほど、簡単なものじゃないのだと。
そもそも、約定を交わした覚えもないのに、無理矢理交換条件を履行されて気分が悪くなるのも当然だった。
だが、当の本人は日比谷のそんな胸中などお構いなし。してやったり、といわんばかりのにかっとした笑顔が尚更憎たらしい。
「‥‥頼まないよ。お前のことだから、どうせ忘れちゃうだろうし」
だけど、それをいったところで相手が全く堪えないことも日比谷は理解していた。
だから キスのされ損は非常に不愉快だけど、犬に噛まれたようなものだと思うことにする。
大きく息を吐き、胸の中で激しく渦を巻くもやもやとした不快感を無理やり押し留める。
『頭を殴ったらましになるだろうか、それとももっとダメになるだろうか』
そんな葛藤もあったからか。一発くらい殴ってもばちは当たらないだろうが、拳を振り上げなかったのは奇跡だった。
「日比谷との約束なら忘れねーよ!でももしそーなったら、そん時はまたしてくれればいんじゃね?」
『誰か、本当になんとかしてくれないかな‥‥こいつ』
減るもんじゃないし!と能天気に断言する青年を目の当たりにして、日比谷は鈍痛を訴える頭を抱えたくなった。
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